2006年10月02日

昔の歌は良かった〜!

徒然草 第14段 昔の歌は良かった!

和歌こそ、なほをかしきものなれ。あやしのしづ・山がつのしわざも、
言ひ出でつればおもしろく、おそろしき猪のししも、「ふす猪の床」と

言へば、やさしくなりぬ。

この比の歌は、一ふしをかしく言ひかなへたりと見ゆるはあれど、
古き歌どものやうに、いかにぞや、ことばの外に、あはれに、

けしき覚ゆるはなし。
 

       (このあとも続きます。原文等は自分で調べて。)


  徒然草 現代語訳から引用し勝手に注釈をつけました。
 
 
第14段 近頃の歌は・・・


和歌とは本当に奥が深いものである。身分の低い木こりや猟師の仕事も、
歌として言葉にすれば趣あるものになり、恐ろしい猪も

「枯れ草を敷き詰めた猪の寝床」と読めば優しく感じられるようになる。

近頃の歌は、確かにどこか一点はなかなかうまく言い表していると
思われるものはあるのだが、どういうことなのか古(いにしえ)の歌の

ような言葉の裏にある奥行きが見えてこない。
紀貫之が「いとによるものならなくに」と詠んだ作品は、古今集の中の

歌屑などといわれ続けているが、今の者にこのような格調高い歌が
読めるとも思えない。

かの時代の歌には、歌体、詞(ことば)遣いにこのような品の良さを
感じさせる作品が多い。

この歌だけが酷評されているのは解せないことだ。
源氏物語にも「ものとはなしに」と貫之の歌に関して書かれている。

                 ・・・・ここまで現代語訳・・・

意味は、知らないのだが今良く使われる「なんとはなしに」と同じかどうかは、
調べるのも面倒なのでこのままにして置きますが、そう、なんとはなしに・・・

私の場合は、テレビっ子じゃなくてラジオっ子だったから、仕事をしながら
ラジオをつけているのが多いのだけど、ラジオから流れてくる新しい曲を

聴いて、「いいなあ」とか「歌ってみたいなあ」と思う歌が、時々あります。
しかし、聞いている時はいいなあと思っていても物忘れがひどくて、

歌詞も歌手の人の名前も覚えていないということが多い。

そんなのでも、最近は映画の宣伝なんだろうけど「なだそうそう」が
流れてくるとまた、沖縄へ行きたくなってくるから不思議なものです。


まっ、どっちかって言うとこの歌は中高年にとってもいい歌だし、懐かしい
歌だから、吉田兼好と同じで昔の歌は良かった。

でも、「なだそうそう」そんな昔でもないような気がしますが。
つい、最近までカラオケで歌っていたようなきがします。

ついでに、書いてみると全員集合でキャンディーズがミニスカートで歌っていた
「その気にさせないで」なんて聞くとウフフと、思ってしまうし、

山口百恵が「いい日旅たち」なんか歌うと、どこかへ旅行へ行きたくなってしまう。
ピンクレディーが「サウスポー」を歌うと、ちょっと左の手でご飯食べたり、

ジュリーが「勝手にしやがれ」を歌ってたころ、なんか社会的に刹那的で
社会や会社にだって心の中で「勝手にしやがれ〜」って、

六本木の場末の居酒屋さんでコップ酒だったなあ。上司の悪口なんかでさ。
ニューミュージックがはやって、カラオケなんてそれでもちょっと良い

スナックでも行かなくちゃカラオケなんてなくて、4トラックとか8トラックとか
いって「進んでる〜」なんて言ってたもんな。

谷村新司の「昴」を歌うことがバブル時代のステータスだったし?、
松田聖子の「あなたに逢いたくて」を聞くと、

別れた彼女のことを思い出したりして・・・。

や〜、ほんと昔の歌は良かった。吉田兼好と同じだね。
何が良かったかって言うと、覚えやすかったもの・・・。

それに比べて、今はヒットポップだかなんだか早口言葉だし、英語が混じるので
よくわからないし・・・。っていうか、覚える気持ちもないし。

しかし、客観的に聴いてみて、最近の曲のクオリティーが
落ちているとは思ってはいません。

その時代、時代に求められる歌を歌っているのだろうし、それを聞く若者達の
音楽センスも上がっているのだろうと思うのです。

そういうセンスについていけなくなっている、お年寄りはいつの時代も
「昔は良かった」というのが、口癖になってしまう。

私は、昔は良かったという言葉をなるべく使わないようにしています。
(同じ年代の、人たちと飲む時以外は・・・)

こういう言葉を使うと、「人生、まだまだこれからだ。」っていう
気持ちが薄らいでしまう。潜在意識が未来志向ではなくなってしまう。

口癖はその人の心を表す。口癖がその人をつくる。とも言われます。
なるべく、未来に向かって自分を成長させるような言葉を使っているほうが

いいそうです。
そうだよね〜。「昔は良かった」なんてばっかりいると、成長志向の心が

なくなってしまうので、徒然草 第14段は却下。
何も得るところがないので、皆さん読まないようにしましょう。

ただの、中高年のオヤジの「愚痴の随筆」でした。
そうか、「愚痴の随筆」でも日本3大随筆になるんだ〜。

徒然草の第14段の最後に書かれている、

「昔の人が口にした言葉は、それがどんなに何気ないもので
あったとしても、みな素晴らしく思われるものである。」 
 
いまでも、語り継がれているという・・・語録の中にあるのかもしれない。
私も、人々に語り継がれていく言葉を早く見つけなければ・・・。


(昔の生き方 解説書 徒然草の第14段 昔の歌は良かった〜!

                      勝手解釈でした。)


posted by 情報建築家・niNaru  at 23:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 人生・生き方に関して | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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