2006年09月13日

リ・デザイン、リ・フォームとは

昨日の記事の続きを書きます。
我々が住んでいるこの社会を巡る課題はますます複雑になってきています。

国や社会全体の問題や、ごく身近なゴミ問題や飲酒運転の問題など、
そうしたさまざまな課題は、個別に提示され解説されることが多く、

実際のまちづくりという建築デザインなどの舞台では、どのように取り
組んで行くべきかがなかなか見えてこない。

デザインは、単にある事物を美しく装うことにとどまらない。
デザインという概念には、様々な要素の組み立てを構想する、

物事に形を与える、といった意味がある。
それゆえ、建物を設計することもデザインであり、音楽の編成を

構想することもデザインであり、人々の人生設計までもデザインと
いうことになる。

欧米などでは、21世紀の教育として、デザインがますます重要視される
傾向があるそうです。

これまでのいろんな教育は一つの正解を得ることに重点を置いてきたが、
それでは創造力の育成に限界があるという認識である。

日本でも総合学習として、答えの見えない問題を皆で考えデザイン教育の
現場でおこなわれていた合評会とかデザイン・レビューみたいなものを

ようやく、小学校でも行い始めているそうだ。
実は、インドではかなり早くから小学生にみんなの前で自分の意見を

発表させて、議論を戦わせるという教育をしてきているとのことだ。
要は、ひとつの答えに全体を導くことではなく、多くの答えの中から

いま最善の答えを、賛同を得ながら導き出すという訓練である。

デザインは多様な要素を組み立てることを前提に行われ、その結果には
多数の正解がありうると同時に、その中により良いデザインが必ずある。

そうしたデザインを巡るトレーニングから、我々人類の創造力が
生まれることが期待されているのである。


こうして見てくると、国づくりや社会づくり、まちづくりは
人間環境のデザインである、ということに気付いてくると思う。

それで、近年この言葉を使った「環境デザイン」という学科などが
大学等でも増えてきたのだが、教えている方も意味も理解できな

かったのか、土木工学を教えたり温熱環境の設備技術者や、建築技術者の
養成にばかり努めていたという少し前の時代もあったのです。

確かに人間環境は、工学的ないし科学的に分析し、システムとして
抽象化できる対象ではある。

しかし、そこから得られた知識のみでは、実体としての望ましい環境を
構築することはできない。

なぜなら人間環境を構成する要素は極めて多様であり、かつ、文化的、
地域的な存在であるからである。

その意味で、望ましい人間環境を形成していくためには、デザインの
観点からの取り組みがどうしても必要となってくるのである。

人間はこれまで、環境の特質を認識し、そこに人間の営為を加えて環境を
形成してきたのだが、これをデザインという明確な概念に基づいて行って

きたわけではない。
むしろ近年になって、環境をデザインすることの必要性が認識されて
きたというのが正確である。

縦割り行政は相変らず続き、民間にしてもなかなか従来的な仕事の
流れから脱却できていない。

建設業界では、これからはリ・フォーム(それこそ改良という意味)だ
などと叫ばれ、いろんな人たちが取り組み始めているがスクラップ・

アンド・ビルドの新しく造ることと壊す事しか考えてこなかった、
または教えてこなかった技術者ばかりという状況の中で、いまだに

世の中は、デザインなんて考えられない悪徳りフォーム業者ばかり。
人材を送り出す大学の仕組みも同じような状況にある。

最近になって、ようやく環境とは我々の生きていく人生とか暮らし
そのものという意味で、「暮らしデザイン学科」「キャリアデザイン学科」

などの新設学科がつくられてきたのである。
ようやく、ごく近年デザイナーという仕事が理解され始めたのである。

そのような状況下で、新たな環境を巡る課題に取り組んでいくためには、
共有できるキーワードが必要であると考えた。それが「デザイン」である。

厳密には、デザインの概念はリ・デザインの概念を含んでいる。
なぜなら、対象とする人間環境は歴史的な存在だからである。

しかし、再構築とか、再編に意味を持たせ、再びデザインするということを
強調するために、リ・デザインという用語を用いている。

「何を残し、何を創り、そして何を育てるのか」
「変革」とか「改革」とか、小泉さんももう止めてしまうけど、

人類は何万年という、過去から未来へと流れている時間軸の上でしか
もともと生きていないのであるから、まったく新しい「デザイン」と

呼べるものがあるとするならば、それは偉大なる発明家であり、
多くのデザイナーは過去のデザインの再構築、組み合わせ替え、

この文書みたいな引用の再編纂、半分だけ模倣、変装、変身、・・・
この再デザイン=リ・デザインが、実は本当のデザインなのである。

(参考・引用 都市のリ・デザイン 鳴海邦碩編著 学芸出版社)


ようは、今という時代になって、人類は我々の人類・国家なり社会を
どうしていくのか、という創造力にあふれた「デザイナー?」のような

人々を本当に必要としてきたということなのでしょう。

プロのデザイナー達が考えてきた、リ・デザインという事に関して
次のような番組があります。

フジテレビのニューデザインパラダイスという番組で、毎週ひとつの
テーマで、デザイナーやクリエイターが頭をひねり、日常みかけるモノを

再デザインするという企画です。


ニューデザインパラダイス 作品リスト HP

http://www.fujitv.co.jp/b_hp/newdesign/design/list.html


プロたちのリ・デザインというものを私だったら、こうするなという
目で見てみましょう。

第1回目は、アートディレクター・佐藤可士和氏の横断歩道です。
ドイツ国旗とフランス国旗のまぜまぜにしたというだけですが、

彼には日本人男性の10分の1の数の色覚異常とか、色弱という
こと、また年寄りの白内障などの視覚障害者のことを考えているので

しょうか?
そして、車からの目線による横線を優先しているのは、??・・・
まっ、グラフックデザイナーだから、昨日のDまじめだけでなく、

プラスあそびごころをねらったのだろうけど、やはり、
C論理ではなく共感、を得られるもののほうが・・・。

私だったら、物語をつくるように・・・歩道が動いて・・・
ベルトコンベアーが・・・・そんでもって・・・・

おっ、書くスペースがなくなってきた・・・・。



おまけ

ここで、最近出版された今後の社会へ提案するデザイナー達の
このHPの本を紹介しましょう。






posted by 情報建築家・niNaru  at 01:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 建築について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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