2006年07月29日

建築はワーキング・プアか?

 働けど 働けどなお 我が暮らし 楽にならず 
 ず〜っとパソコンの画面を見る

上の画面は、CAD画面だよ〜。
理想に燃えて、誇り高い建築家になろうとしている読者の

皆さんには、あまりこんな話はしたくなかったのだけれど、
前回の「ワーキングプア」に関して、建築家も実はそんな

ところがあるという話をしましょう。
有名な建築家の方は、もう既に「勝ち組み」の建築家だから

いいんだけど私みたいな無名な「負け組み」の建築家の話。
偽情報を信じるのは読者の勝手、真実を語るのは私の勝手。

私だって、メシを食べなければいきていけません。
いつも、ご飯と味噌汁じゃあなく、たまには分厚いステーキを、

それもホテルの最上階のレストランで、ワインを飲みながら・・・。
そのメシの種は、言うまでも無く設計料です。

同じメシを食べるならば、少しでもおいしいものを食べたいし、
ステーキも飽きたら、メシとしてお寿司を食べるのであれば、

安い回転寿司よりも昔からのお寿司屋さんのカウンターで
「お好み」で食べたり、和風の個室でおいしいお酒を飲みながら

食事をしたいのは、誰でもそうだろうと思うのです。
だから、設計料が一円でも多く払ってくれる仕事を願うのは、

仕方のないところだと思うのです。

設計料というのは、設計を頼んで下さるクライアントの要望を
整理し、問題点を解決し、なおそこに創造的な何ものかを

クライアントの予算の中で具体化させようとする、
一連の頭脳活動(デザイン活動)ないし労働に対する報酬のことです。

ところがわが国では、この頭脳労働に対して金を払ってまでこれを
買うといった習慣が、まるでないとは言わないまでも
薄いような気がします。

薄いというより、頭脳労働の価値を判断する能力を持っていないと
言った方がいいのかもしれません。


サラリーマンの報酬に対してさえも、年功序列型の賃金が崩れて
成果報酬性になったといわれて久しいけれど、その制度すらも、

成果を判断する上司や、会社の個人評価の仕組みが上手くいかず
この成果報酬という制度もあまり機能していないということです。

おそらくそれは、建築という職業などの歴史の中で、このような
頭脳労働をするのはお役人の仕事でその人の下で働く創造的な作業は、

芸人・職人のやることで何十年も汗・水を流さないとならない、
いわばそういう流してる汗とかが見せられない人は尊敬に

値する人ではないという習慣だったのでしょう。
(私なんて、汗をかかないタイプだからなかなか尊敬されない・・)

だから、役所なんかではつい最近までは設計事務所は図面屋さん、
構造屋さん、積算屋さんと呼ばれ成果は図面枚数や書類の多さでしか

評価されないという現実があったのです。
むしろ、今でもその建物を実際にデザインした頭脳労働者よりも

その建物をプロデュースしたどっかの社長なり、クライアントの
方が尊敬されたりしているのです。ちょっと前なんて、公共施設を

一生懸命デザインした人よりは、国の補助金を取ってきた人が、
市長や町長になったり、もてはやされたりもしてたんだから。

まっ、この辺の評価の判断基準というのはデザインされたモノが
いいのか、悪いのかという難しい問題も含んでいるのですが、

分かりやすく言うと、すばらしい優秀な学生が一年も考えて作った
住宅と安藤忠雄が2時間ぐらいで考えてつくった住宅とでは

どちらの方がより多くの設計料が払われるか、といういいかたを
すれば、理解できるでしょうか?

おそらくは、安藤忠雄の2時間の住宅に設計料を払うでしょう。
もっと建築を知らない人にも分かりやすく言えば、

同じ仕事なんだけどA社の給料は月給30万円、
B社の月給は15万円。どちらで働きますか?

この違いが、ブランドというものなのです。

そしてデザインをする人は、みなこの自分をブランドに
することを目差しているし、目差さなければならないのです。

現代になって、ようやく頭脳労働の専門家に対し、社会的な
地位を与え、ものを頼んだ場合はそれ相応の代価を払うといった

習慣が、一部確立されるようになりました。
建築の設計料で言えば、建築士の資格をとって経験が

何年で(これで日当が決まります)、その経験者が何日、設計の
仕事で働くから設計料はこのぐらいという、

設計監理料は国の指導・規準に基づいてその枠内で費用が
決められています。

ところが、経験を積めば積むほど設計の日数が少なくて済む
という矛盾も抱えていて、この現在でも実情は旧来から

行われていた建物種別ごとの料率表や、上で述べたブランド料を
どのくらいにするかといったことが、各個人個人でまちまちであるし、

設計事務所をやっていくという事は、まずこのどのくらいで
できるかという設計監理見積もりをプレゼン・説明するところから、

競争が始まり勝ち組み、負け組みが決まっていくのです。


[参考HP] とある設計事務所の設計監理料のHP
 http://www3.ic-net.or.jp/~f-art/Q_A_1.htm


ね、結構いいかげんというか「好い加減」。ファジーといえば
いいのか適当というか・・・つまりは、クライアントのすべての

条件を確認してみないといくらかかるのかわからないって言う事。
そして、ベテランになればなるほどプライドとして、

そんなに設計に時間を掛けられないから設計日数は少なくなるし
ようは、最後の技術料としてどれだけもらえるか?

いわば、ブランド料。これをつけるためにみんな頑張っているのです。
ノーブランドで何処まで戦っていけるか。あきらめないか。

デザイナーとして20代でいきなり独立する人もいますが、
ワーキングプアの番組ではないけれど、2/3は平均以下なんだから

仕事が次から次へと入ってくるわけでもないし、仕事もコンペや
入札や相見積もりといって、最初の設計料はいくらで出来るかという

ところからのスタートなのです。ね、解かるでしょう。
毎回、仕事を取るためには安くしないといけない。

自分の好きな仕事をするためには、自分をブランド化しないと
いけない。

どの職種のデザイナーの分野も似たり寄ったりで、ぼろ儲けできる
商売ではないっていうこと。

まっ、この辺のことは、もっと沢山の要素があるけど、今日は設計料・
デザイン料ということのみの話として述べています。

そういう意味で、若いうちはデザイナーにいきなりなるというより
サラリーマンやO・Lになったほうがいい。

そこで、社会の動きとか流れとか、デザイナーとしてメシを食べていく
方法とか、ブランド力を高めていくことを考えるんだ。
(□□設計事務所 3年勤務・・・これもブランドだからね)

こういう、人生をデザインしていくことが本当に大事なんだ。
と、思うのです。

NHKに出てた人たちの最大の問題点は、時代の流れとか人々の
関心ごとなどを考慮した、自分自身をデザイン出来ていないということ。

上のタイトルの下にある、自分の人生をどうデザインしていくかって
言う事が大事なのである。

だから、誰でもデザインのことを勉強する必要があるわけだし、
その能力を高めないと、ワーキングプアの底辺の方へ

行ってしまうのである。


そこで、
デザイン力をつけるなら>> 


posted by 情報建築家・niNaru  at 13:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 建築について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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