2006年07月12日

建築デザインはツライ

デザインという言葉には、物事を計画する、あるいは全体構想を
企画するといった広い意味もあれば、姿・形の意匠を工夫する

狭い範囲の意味も持っています。
同じデザインでも、ポスターや模様などを考える場合と、自動車や

家電製品などの工業デザイン、さらには都市計画方面で言われている
ランドスケープデザインなど、その範囲はいろいろな分野に

わたっているのです。

建築デザインを考えてみると、上にあげたすべての要素を少しずつ
含み、なおかつ他のデザインとは少し異なる要素もあわせ持っています。

そういう意味で、建築デザインは難しいのです。

じゃあ、その他のデザインとは少し異なる要素とは何かというと
基本的に誰のためにデザインしているかというと、それは

クライアントのためというのは、どのデザインジャンルでも
同じなのですが、建築の場合は、建て売り住宅や大手プレファブ

住宅メーカーのカタログ販売建築は別にして、一般的には、買い手が
あれこれ選ぶことが出来ません。

そして、一度建ててしまうと、気に入らないから買い換える、
あるいは作り直すなんていうことが大変に困難な事です。

そのクライアントの持っている予算の中でしか選択がきかない、
そして作り直しができない。

この2点が建築デザインと他のデザインと異なる大きな要素では
ないかと思うのです。

たとえば携帯電話のデザインの良し悪しが、それを毎日使っている
人間の精神構造に、どんな影響を与えるものかは良くは知りませんが、

その影響の度合いは小さなものでしょう。しかし、建築の良し悪しは、
その建築で生活する人、作業をする人たちに、大きな影響を

与えるものと考えられています。人間の情緒、健康、行動など
人間行為のすべてに深い影響を与えているに違いありません。

(まっ、デザインは心理学と整理学という意見もあります)

そして、特に考えなければならないことは、非常時の人間心理や
行動パターンなど特殊建築物と呼ばれる不特定多数の人が訪れる

病院やデパートなどは、火事のときに煙に巻かれず素早く逃げられる
ようにして、人命のことをまずは考えなければならないという事です。

それに建築は、山の中の一軒屋ならいいのですが、街の中に
建てられるからには、その建物を使う人たち以外の第三者に対しても、

何がしかの影響を与えています。ですから、デザイナーの勝手な
考えが通用しないし、クライアントの勝手な注文にも

反対しなければならない時もあるのです。
建築のデザインは建築家が最終的に決めるものです。

従って建築家の責任は、その建築にお金を支払うクライアントに対して、
非常に大きな物になるわけです。

クライアントの希望をまったく無視した建築というのもあり得ません。
そして、そのクライアントの希望は漫然として流動的であり、

それを一定の方向へもっていくのは容易なことではありません。
どんなにしても、クライアントの不満はどこかに残るものです。

完全な、完璧な建築は、おそらく永久に実現し得ないものだろうと
思います。そのことを解かっていながら、なおかつ一生懸命

悩まなければいけない、そしてその不完全さ、不完璧さに責任を
取っていかなければならない。

本当に建築デザインとはつらい作業なのです。
なんか、今回も後ろ向きな記事になっておりますが、

設計事務所の所長なり、上司のつらさなりを少しは理解してあげて
この辛さに、快感を覚え始めたものだけが建築家の仲間入りです。

(いわば、Mの世界ですな〜ホント)

ここのところ、ちっともお金にならないプランニングに
ドツボにはまっている情報建築家・niNaruでした。


ここで情報をひとつ。

札幌スタイル2006・デザインコンペティション作品募集(7月10日〜9月22日)
http://www.city.sapporo.jp/keizai/sapporo-style/compe.html


posted by 情報建築家・niNaru  at 23:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 建築について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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