2006年06月26日

わいは、八十歳まで生きるぞ。

徒然草 第7段 わいは、八十歳まで生きるぞ
 
『あだし野の露消ゆる時なく、鳥部山の煙立ち去らでのみ住み
果つる習ひならば、いかにもののあはれもなからん。

世は定めなきこそいみじけれ。
命あるものを見るに、人ばかり久しきはなし。

かげろふの夕べを待ち、夏の蝉の春秋を知らぬもあるぞかし。
つくづくと一年を暮すほどだにも、こよなうのどけしや。

飽かず、惜しと思はば、千年を過すとも、一夜の夢の心地こそせめ。
住み果てぬ世にみにくき姿を待ち得て、何かはせん。

命長ければ辱多し。
長くとも、四十に足らぬほどにて死なんこそ、めやすかるべけれ。


        (この後も続きます。原文等は自分で調べて。)


徒然草 現代語訳から引用し勝手に注釈をつけました。 


 第7段 

生きるとも四十までっていってるけど、わいは、八十歳まで生きるぞ


昔の京都のあだし野の愛宕山にある墓地から露が消えることもなく、
また鳥部山という墓地の荼毘(だび)する煙もいつまでもそこに

とどまるというのならば、それは趣に欠けるというものであろう。
形をとどめることがないからこそ、この世は映えるのである。

世は、常じゃない「無常」ということだね。形あるものはいつか
壊れるし、会社もいつまでも同じ形であるという方が、今は

非常識なのだ。民間会社の場合、常に儲かってしょうがないと
いうことはなくて、いつ何があるか分からないというのが

本当の所でしょう。
先日、卒業生のMAYUさんから電話がありました。

今の会社が危ないらしいということでした。もう、自分の乗っている
船が沈没しかけたら、経営に携わっていなければ、もうさっさと

救命ボートに乗って逃げ出した方がいいに決まってる。
タイタニック号じゃないけど、いつまでもぐずぐずしていると

救命ボートも乗れなくて、沈んでいく船に巻き込まれちゃうんだから。
今は、民間会社だけではなく役所も国も危ないからね〜。

命あるものを見てみよう。人間ほどに生き長らえるものもない。
蜻蛉(かげろう)が宵を迎えることはなく、夏の蝉は春秋を知らない。

そのぐらい昆虫達は短い命を大切に、一生懸命生きているのに
人間ときたら、だらだらと物思いにふけりながら一年を過ごすので

あろうものなら、この上なくのどか過ぎて何も言うことがない。

でも、一年ぐらい地中海もいいが世界一周クルーズに乗って、
ゆったりとした気持ちになりたいものだね。

世界一周クルーズはジジ、ババばかりでつまらなそうだから、
やっぱりきれいなお姉さんのいる地中海クルーズしよっと。


人生に刺激がないと思ったり、死にたくないと思ったりしていたら、
千年を過ごすとしても一夜の夢のような心地でしかない。

でも、やっぱりまだ死にたくはないよな。

いつまでもそこにいられるはずもない世の中に醜いその姿を手に
入れたとして、一体どうしようというのだ。命が長ければ恥もまた多い。

解かっている、みんな解かっている。20歳過ぎれば老化現象との
戦いだって言う事も。毎日、毎日、この戦いだから刺激ばっかりだぞ。

普通の人の抜け毛は一日40、50本、抜けてもまた元気に
生えてくるからいいけど、私なんか一日100本ぐらい、抜けたら

髪は長〜い友達なのに、永遠の別れがやってくるのだぞ。
肩だって四十肩が終って、五十肩でゴキゴキいってるんだぜ。

まっ、そう考えると高齢化社会っていうのもいいものかもしれないね。

だって、廻りがみんな恥を恥と感じないおばさんと、醜いその姿を手に
したおじさんばっかりで、恥なんて平気なのかもしれない。

でも、そんな世界もきっと常じゃないから若い人たちに苛められるんだ。
吉田兼好の頃は長くとも四十に足らない程で死ぬというのもまた、

見苦しくなくてよい。といっているが、我々の平均寿命の延びた今なら
八十歳ぐらいでいいのではないでしょうか?

時機を逸すれば、自らの容貌を恥じる心もなくなってしまう。
世間に出て人脈を漁ることに汲々とし、陽が傾くかのような老年と

なって子や孫をかわいがり、彼らが栄えて行くその末を見届けるまでの
命を欲する。

このようにただひたすらに世に執着する心ばかりが深まり、
もののあわれも分からないようになってゆくのは非常に

嘆かわしいものである。
やはり、昔の皇族達は年取っても後継ぎの問題とかいろいろあったの
だろうけど、今の時代だって同じだよね。

資産を村上ファンドみたいなものに預けようとかして、自分達の懐を
肥やし、尚且つ自分達の子供や子孫のことばかり考えている、

日銀の福井総裁みたいな奴は、本当に嘆かわしいものである。

まっ、一般庶民はおじいちゃんやおばあちゃんになって、子や孫を
かわいがるのは許してください。でも、きちんと恥は恥として

もののあわれ(命に限りある万物の移りゆくはかなさに触れて
感動する心。人としての生きかた。)を教えていかなければ・・・。

お医者さんは、金儲けのためになるんだと教えることではなく、
命を助ける為になるんだということを。・・・(←わかった?)

結論、会社が潰れそう。命の限りと万物の移りゆくはかなさに
感動しよう。どうせ今潰れなくても、そのうち潰れちゃうから。

何年かしたらどうせ笑い話になるんだから・・・。

 


(昔の生き方 解説書 徒然草の第7段

 ちきしょう、絶対 九十歳まで生きるやるぞ〜

                      勝手解釈でした。)

今日は、なんか元気に語れなかった話題でした。(笑)
posted by 情報建築家・niNaru  at 23:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 人生・生き方に関して | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。