2008年11月30日

時候の挨拶も出来ないなんて・・・

徒然草 第31段  時候の挨拶も出来ないなんて


雪のおもしろう降りたりし朝、人のがり言ふべき事ありて、文をやるとて、
雪のこと何とも言はざりし返事に、「この雪いかゞ見ると一筆の

たまはせぬほどの、ひがひがしからん人の仰せらるゝ事、聞き入るべきかは。
返す返す口をしき御心なり」と言ひたりしこそ、をかしかりしか。

今は亡き人なれば、かばかりのことも忘れがたし。


       徒然草 現代語訳から引用し勝手に注釈をつけました。
 
  

第31段  何で気づかなかったのだろう

雪が気持ちよさそうに降った朝、ちょっと人に用事があって手紙を書いた。
手短にすませて、雪のことなんか書かないで投函したら返信にこうあった。

「雪で君はどんな気持ちですか? ぐらいは書いてほしかった。
気のきいたことも書けないつまらない人の用事なんて聞きたくないですから。

本当に最低よ」それを読んで、熱くこみ上げるものがあった。
今となっては亡くなってしまった人の、こんなことさえも忘れられない。


 

んー。請求書の案内か、裁判等への通知書だったのかそれとも
いきなり単刀直入の愛の告白だったのか?デートのお誘いだったのか?

まっ、内容証明郵便で送るようなものは時候の挨拶は必要じゃないかも
しれないが、愛の告白なんかだとやはり気のきいたことなんかを

普通は書くよな。(最近の若者のことは良くわからないが・・・・)
私のところへ来るメールも、前略・・・・で始まるようなメールは

だいたい業務関連か、クレーム関連メールだから大きな仕事関連だと
「本当に最高よ」って思うけど、クレームの場合は逆に

「本当に最低よ」って自分の不徳の致すところで平身低頭で、
返信メールには

「初冬の候、ますますご清栄の事とお喜び申し上げます。
いよいよ冬本番、いかがお過ごしでしょうか。夏タイヤ取り替えましたか?」

などと、3つも時候の挨拶を重ねて詫び状をしたため、
気の利いたつもりのことを書いているのですが・・・・(笑)

(北海道は「夏タイヤ替えましたか?」が時候の挨拶です。
・・・・私のまわりは・・・・。)

まっ、タイトルは時候の挨拶も出来ないやつなんてとありますが、
ここでの作者の言いたかったことは、今は亡くなってしまった

友か恋人か、はたまた愛人に他人行儀な手紙を送ってしまったことを
悔やんでいるのでしょう。いえ、もっと深読みすると

ちょっと一度だけ飲みにいった「ホステス」さんに、他人行儀な
メールをしたら、「貴方と私の間で、こんな親しみのないメールじゃ

いや!!」って言われて、のこのこ出かけてしまう
ホステスさんの毒牙にかかった中高年親父の悲哀の一説です。(笑い)

まっ、これはホステスさんの営業スキルでもあるわけですが、
気の利いたホステスさんとは私の経験上でいうと、

私が行くと本当に嬉しそうな顔をして、私の話を聞く前から
目を大きくして見つめてくれる。(しっかり聞こうという気持ち)

それでいて、話なんて分からないくせに相槌をうったり
質問してきたりして場をもりあげる。

グラスの結露の水滴をそっと拭ってくれたり、灰皿を早めに
替えてくれたり料理などのお皿も少なくなったら、

さっさと小皿に取り分けたりしてテーブルの上を常に綺麗にしてくれる。
帰り際には、本当に寂しそうな顔で

「また、いらっしゃってください。待っていますわ!!」なんて、
営業トークだとは分かっていても・・・中高年親父の悲哀の一説です。(笑い)

まっ、ブログに書けるのはこんなところですが、
じゃあ気が利くとはどういうことかというと、これは人生でも

仕事でもそうだろうけど、気が利くとは相手の思いを先読みし
行動に移したことをいいますので相手がどう思うだろう、

こうされたら喜ぶだろうなって考えて行動したり振舞うことです。
本当にビジネスでも何でも「気の利く人」が好かれますから成功します。

下に本の紹介を掲載しておきます。


この段の本質は一体何なのでしょうか?気が利くということの内、
気のきいたことも言えない、書けないつまらない人は最低だ。

と言われてしまったということです。これは本当に当たり前のこと
なのですが、本心のこの返事の言わんとしているのは

すこしは世情のことも言えるぐらいのウイットか、余裕を持っている
人が良いわということを言いつつも、

「少しは私に愛をください」(小椋佳の歌)ではなかったかと
先読み・深読みするのです。

本当は、その返事が返ってきてその場で読んだ時には気づかなかった
相手の愛情表現に亡くなるまで気づかなかった

中高年親父の悲哀の嘆き節なのです。(笑い)
その時相手の想いに気づいていれば、もっとやさしく出来たのに・・・。

ひょっとしたら違った人生だったのかもしれないと・・・・。
中高年親父の悲哀の回想物語です。(笑い)

本当に若い頃は仕事などが忙しくて、こんな些細な相手の愛情表現に
気づかず無頓着に過ごしていることが多いものだ。

感じる力、感性がにぶいんだよね。
そこで、いつものように感性を磨こうと思ったならここ

→→誰でも学べるデザインの学校


人生いろいろなことがあるんだから、気づきって大切なことなのですが
気づかないままで幸せだったということもあり・・・・

 


 

posted by 情報建築家・niNaru  at 19:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 人生・生き方に関して | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。